人生100年というけれど。

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現在、私はスーパーでレジ打ちの仕事をしているのですが、

いわゆるエッセンシャルワーカーってやつですね。

シフト勤務で、休みが簡単に取れるわけでもないので、

結構体力的にきついのです。

年々体力の回復が遅くなって、いまだに年末年始の繁忙期の疲労が抜けていません。

仕事自体は嫌いではないのですが、体力が持たない。

休日はできるだけ用事がない限り、自宅で引きこもって体力の温存に励んでいます。

先輩方で、60代でも普通に働いているかたたちもいるので、

甘えたこと言ってられないな、という気持ちもあるのですが、

体力の限界は人それぞれ、私は持病があるので、ムリが聞かないのは確かなのです。

ふたりの子どもを送り出し、ひとり残った部屋でぼんやりしていると、

もうやり残したことはないかな、などと思ったりすることもあって。

それは何かをあきらめたとか、そういうのではないのですが、

ここ半年くらいでものすごく感じていることなのです。

とはいえ、思い残すことが全くないと言えばうそになります。

カウンセラーの資格も取り、カウンセラーとしてお役に立ちたいという気持ちもあり。

執筆活動に励み、いずれは作家になりたいという夢もあり。

枯渇した想像力と、日々低下する記憶力を駆使して、ブログを始めたというわけです。

さて、今日は一度起きたものの、どうにも疲れていたので、午前中は睡眠に宛てました。

めずらしく、亡くなった父の夢を見ました。

生前の父は、不愛想で、若い頃はお酒を浴びるほど飲んで、

大声で騒いで、怒鳴ったり、母と大喧嘩したり、

怖いし、大嫌いでした。

ただ、最後の数年は認知症で、施設に入所して、とっても穏やかになり、

面談に行くと、にこにことしながら、整合性のない話を取り留めもなくしてくれたりして、

初めて父が好きだなと感じたのでした。

そんな父が夢に出てきて、何事だろうと思ったら、

「お墓があるから出かけても帰る場所がある。助かってるよ」

などと言うじゃありませんか。

ふっと、いなくならないでほしいという思いで、

父と腕をしっかりと組んで、一緒に歩いていく。

ふと気になったので、

「お父さん、私あと何年生きるの?」

と尋ねると、父は

「33年だな」

現在の年齢と足すと、ちょうど90歳になります。

そうこうするうちに父の身体が段々と透けていき、

これから私はどうなるの?と聞いたところで

足がつって目覚めました(笑)

人生100年と言われて久しいですが、

だいたい3部構成と考えると、33年ぐらいが一つの区切りではあるんですよね。

最初の33年でまずは家庭を持ったり、仕事の基盤を作ったり、

個人から社会への参加を図る時期ともいえます。

そしてそこからの33年はある程度築いた基盤をもとに、

人生を発展させていく期間になるのではないでしょうか。

そして、それまでの成果が、一通り出来上がって、

最後のピリオドは、自分のために生きていく三十数年になるのではないかと。

そのためには、しっかりと自分の力で生計を立て、

健康に暮らしていかなければならないと痛感しています。

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